イヤだと思っていたらできない

以前、附属池田中学生で、数学ができるようになりたい、テストで点数を取れるようになりたいと、テストが終わるたびに言ってくる女の子がいました。

その子に、「今回のテストには、どんな準備をしてきたの?」「じゃあ、このようにしてみたら?」と毎回、どうしたかを聞き、アドバイスもしていたのです。

それも、女の子の方から聞いてくるから、出来るだけ点数が取れるように、いろいろと一緒に考えて、「じゃあこうしていこう!」と静かに決意を新たにするのです。

でも、そのアドバイスが生かされたことはありません。

全くではないのですが、ほとんど生かされることはありませんでした。

どうしてだと思いますか?

お母様とお話ししていても、お母様もどうしてなのかわからないと困惑されていらっしゃいました。

誰が聞いても、本当に一生懸命にやると言うのです。

実際にやっていないわけではないのです。
彼女なりにはやっていました。

でも、どうやっても点数は取れないのです。

どうしてでしょうか?

この女の子とゆっくりと話す機会を作りました。

その時にいろいろな話をしたのですが、彼女の口から出てきたことは、

「できればやりたくない」
「勉強を好きな人なんていないやん?」
「数学なんて生活するのにいらんやん」

というものでした。

これではできるようにはならない、とものすごく納得しました。

なぜなら、本当は「勉強ができるようになりたくない」のですから、できるようにはならないのです。

そう思っているようでは、どれだけ勉強しても、学力としてはついていかないのです。

これは当たり前のことなんです。

できるようになりたい、と言いながら本当はしたくない、と思ってるのならどちらが強いかは、はっきりしているのです。

この女の子は、よくよく聞いてみると、「できるようになったら、もっとやらないといけなくなる。だから勉強したくない。」と思っていることが分かったのです。

 

これでは、成績は上がりませんよね。

 

でも、お母様方はご家庭で、出来るようになったときに、「やればできるじゃない!次ももっと頑張ってね!」と言っていませんか?

 

 

人は感情の生き物です。

感情的に嫌だと思っていることを、人はしようとはしません。

嫌だと思っている以上、どうやっても身につきません。

でも、嫌だと言いながらもできる人もいる、という反論が聞こえてきそうです。

それは違うのです。

確かに学校のテストや入学試験なら、本質の理解と問題を解く技術的なものがあれば、問題を解いて点数を取ることはできるかもしれません。

ただ、根本的にそのことはしたくないと思っていることは、できるようにはならないのです。

それは、勉強が嫌いなものであり、やりたくないことなのです。

損か得かで考えても、勉強することは損なことなのです。

嫌いなことを、損をしてまでしないといけないと思うと、やりたくないのです。

それでもしないといけないことであれば、「したくないけれども、しないことで損をする」と思い、人間はやるのです。

しかし、子ども達にとって、勉強をすることが、「したくないし損をすること」になっているのであれば、どうやっても、勉強はできるようにはなりません。

そうさせた原因を取り除くしかありません。

それ以外には、方法はないのです。

もし、心の中では、この女の子のように、勉強したくないと思っているのであれば、その原因を考えてみてください。